大阪地方裁判所 昭和25年(タ)34号 判決
原告(反訴被告、以下単に原告という)の請求により原告と被告(反訴原告、以下単に被告という)とを離婚する。
被告は原告に対し金七十万円を支払え。
原告のその余の請求及び被告の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は本訴反訴を通じこれを三分し、その一を原告その余を被告の各負担とする。
二、事 実
一、当事者双方の請求並に答弁の趣旨
原告は、本訴請求の趣旨として「原告と被告とを離婚する被告は原告に対し財産分与として金二百五十二万四千三百九十円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、反訴について「被告の請求を棄却する」との判決を求めた。
被告は、本訴について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、反訴請求の趣旨として「被告と原告とを離婚する。原告は被告に対し慰藉料として金八十万円を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
二、原告の本訴および反訴についての事実上の主張
「原告は、大正十二、三年頃より被告と内縁関係を結び、昭和二年七月二十五日被告との間に長男太郎をもうけ、昭和十八年九月二十五日被告の妻ミドリが死亡するや、昭和二十年二月九日被告と正式に婚姻し、爾来肩書住所において太郎と共に被告と同棲し家事を処理してきたものであるが、被告は、生来多情でその間にも南浦仙子と内縁関係を結び、昭和十一年十一月二十五日同人との間に一女(花子)をもうけた外、昭和十九年末頃土佐はると懇になり、同人との間にも一男(正夫)をもうけ、更に美代子の叔母土佐タキとも関係し、また小林明子とも関係して二児をもうけ、最近は関口文夫の内縁の妻で被告が代表取締役をしている松原産業合資会社の事務員青山アキエとも関係を生ずるに至つた。右青山アキエ以外の婦人はいずれも定職なく被告の仕送りによつて生活し、被告は、事業隆盛で日夜家庭外で豪奢な生活を享楽しているのにかかわらず、原告には生活費を与えず全く家庭を顧みず実子太郎に対する父性愛もみられない。以上の事情は夫である被告に不貞な行為があり、また悪意で遺棄されたことともなり、同時に被告との婚姻を継続し難い重大な事由があるわけでもあるからここに被告との離婚を求める。
また原告は内縁関係から始まつて被告の妻となつたものではあるが、被告の長男太郎の母ではあり、内外共に被告家の主婦としての地位を認められ、しかも原告の一生はそのすべてが被告に捧げられてきたものである。他方被告は、現在別紙財産目録<省略>A乃至C記載の財産を所有し、同目録D 記載の出資財産を有する。このうち松原産業合資会社は資本金百二十万円であつて被告名義の出資金は五十万円であるが、被告以外の社員、西川フヂは被告の亡妻ミドリの実兄、田口次郎、米田三郎、河合好は、いずれも被告の実弟、今中五郎、谷口六郎は、いずれも被告の叔父、大川竹男は、被告の実母の縁辺、荒木正明は、被告の亡妻ミドリの姉婿、池田八郎は、被告の情婦小林明子の妹婿であつて、右西川フヂ以外は会社業務に関与せず名目的存在にすぎず、右資本金をこれらの社員に形式上分散させているにすぎない。従つて右会社はすべて被告の出資によるものであつて、いわゆる被告の個人会社であるから、同会社の財産はすべて被告の所有である。また福島新生株式会社は、現在清算中で被告ひとりが清算人であり他の株主にはすべて株金支払済であるから右会社財産もまたすべて被告の所有である。双葉印刷工業所は被告と中牧栄吉との組合であつて金五十万円を被告が出資しているものである。被告には以上の通りの資産があるから、原告は離婚に伴う財産の分与として被告所有の財産の三分の一(原告の相続分に相当する部分)のうち金二百五十二万四千三百九十円の支払を求める。被告の主張事実中別紙財産目録A一、二記載の土地建物が原告と婚姻する以前から被告の所有であり、そのうちA一(ヲ)(ワ)の土地二筆が被告主張の日大阪市に売却されたこと、D一(イ)の土地三筆は現在既に被告主張の三名に夫々売却され、D一(ロ)(1) (2) (4) の建物三棟は右三名において各自建築して所有するものであることは、いずれもこれを認めるが、松原産業合資会社に賃貸している被告所有の不動産は、前述の通り同会社は実質上被告個人のものであるから、賃借権の負担を考慮に入れてその評価をすべきでなく、また被告所有の財産が本訴繋属中他に売却されてもその代金は他の形で被告の資産として保有されているわけであるから財産の減少にはならない。」
三、被告の本訴及び反訴についての事実上の主張
(一) 離婚原告について「原被告がもと内縁関係にあり長男太郎をもうけ、先妻ミドリ死亡後原告主張の日正式に婚姻したこと、被告が原告主張の間南浦仙子とも内縁関係を結びその主張の日一女をもうけたことは、いずれも原告の主張する通りであるが、右南浦仙子以外の婦人とは原告主張のような関係はない。南浦仙子は、原被告の内縁関係当時から被告と内縁関係にあつたもので、食糧難の戦時中大阪に居住していた原告は、三重県の田舎に住んでいた南浦仙子と親交し、食糧の世話を受けていたことがあつて、同人と被告が内縁関係にあることもまた、その間に花子が生れ被告方に入籍してあつたことも承知の上で、原告は被告と婚姻したのであるから離婚を求める理由にならない。また離婚の理由として原告が主張するその余の点も事実に反する。かえつて以下に述べるように被告から原告に対して離婚を請求する理由がある。すなわち被告が原告と婚姻した動機は、先妻ミドリが病弱で子供がなく結婚以来病死する迄約十七年間療養生活を送り、そのため家庭的に恵まれなかつた被告は、原告と内縁関係を結び別に一戸を構えて原告を扶養し、太郎を被告の唯一人の男の子として将来を楽しみに養育し大学に迄進学させたが、丁度その頃戦争が激化し学徒も動員される情勢にあつたので太郎を庶子として明日をも知れぬ戦地に送ることは父として忍びず泉家の長男として送つてやりたい親心から昭和二十年二月九日原告を妻として入籍したにすぎない。しかるに原告は、翌二十一年十一月頃被告の意に反し被告と同居するため半強制的に押かけてきたので、被告は、太郎のことを思い円満解決を望んでやむなくこれを承諾したのである。被告は、右同居の際原告にそれ迄住まわせていた被告所有の布施市所在の居宅を売却して諸費用を差引いた残金十七万円を原告に渡し、また同居以来別に生活費を原告に渡していたのであるが、原告は、間もなく病的に被告の素行を疑い全く虚構の事実を捏造して多忙な被告を非難して悩し、太郎にも自己の妄想を真実かの如く語り、果ては太郎を教唆して昭和二十三年七月頃より翌二十四年九月頃迄の間三回にわたり被告に対し暴力を加え家財道具等を破壊させたが、被告はすべて円満におさまることを望み自重していたところ、遂に昭和二十四年十二月三十一日夜自宅において母子共同で被告に悪口の末、太郎は「やつたろか」というなり器物を投げつけ被告の左耳に全治十六日間の切創を与えて被告に組みついてきたので、これを振りはなしたところ、更に二階へ何物かを取りに上つた。被告はその隙に創の手当のため外出しようとしたのであるが、原告は二階の太郎に向い「太郎、親父は逃げよるぜ早う来ないと」と呼ぶ有様であつた。爾来被告は、身の危険を感じ家を出て下宿生活をしているが、原告は被告が治療を受けている医者を知りながら一度も容体をたずねにも来ず、しかもその後屋内より施錠して被告を家に入れさせない。被告は、別居生活中も原告と太郎との生活費として一箇月金九千円宛支給していたが、原告は太郎と共謀の上昭和二十五年一月以降被告に無断で自宅に置いてあつた被告所有の時価五十数万円の動産を金九万七千五百円で、その他関雪等有名軸物も売却し更に太郎名義で買入れた土地百七十坪を金十数万円で売却し合計金四十数万円を取得した。被告は、同年四月十日右事実を知り、原告において生活費を十分所持するものとして同日以降扶養を停止したのである。以上の通り被告は何等原告のいうような離婚原因を作出したのではないから原告の本訴請求は失当であるばかりでなく、原告こそ被告との同居生活僅か三年余りの間、妻としてまた子の母親としての努めを果さないのであるから被告には原告との婚姻を継続し難い重大な事由があるわけである。よつてここに原告との離婚を求める。」
(二) 慰藉料請求として「右に述べた通り原告の不法行為により離婚のやむなきに至つたばかりでなく、長男太郎との間にも破綻を来たしたから、そのために被告が蒙つた精神上の苦痛に対し慰藉料として金八十万円の支払を求める。」
(三) 財産の分与請求について「仮に原告の主張する離婚事由があるとしても、被告は財産を分与すべき理由がない。すなわち民法が財産分与の規定を設けたのは、夫婦が多年相互によき半身として苦楽を共にし蓄財に寄与した場合協力によつて得た財産の額等に応じて離婚の際分与するというのがその精神である。従つて分与すべきか否かまた分与すべき額を定めるに当つては夫婦生活の期間、協力により得た財産の額等の事情を考慮しなければならない。本件においては、前に述べた通り原告は婚姻迄いわゆる妾生活をしており被告にとつて消費生活であり、また婚姻後別居するに至る迄の期間は四年十箇月、そのうち同居生活は僅か約三年二箇月にすぎず、婚姻生活中原告は被告の財産取得に協力した事実はなく被告の財産は何等増加していない。しかも婚姻迄は円満であつた被告と太郎との仲は、原告の誤つた教育により破綻をきたし家庭に風波を起しそのために被告の事業経営にも多大の妨害を与え、更に別居後原告は被告所有の財産を無断売却して代金を費消し被告に莫大な損害を与えた。従つて被告は原告に対し財産を分与しなければならない理由がない。また財産分与の必要があるとしても被告が現在所有する財産はすべて先妻ツヤノとの協力により蓄積したものであり、原告との婚姻中に取得したものでないから財産分与に当り被告の財産として算入すべきものではない。仮にそうでないとしても、被告は、現在原告が主張する程財産を所有していない。すなわち被告所有の別紙財産目録A一、二、記載の土地建物のうち一、の(ヲ)(ワ)の土地二筆は、昭和二十六年六月八日大阪市に売却し現在被告の所有ではなく、二、の(3) (4) の工場及び事務所各一棟は、いずれも松原産業合資会社に賃貸しているから賃貸中の価格として評価すべきである。次に同目録B記載の動産は、一、二、の疎開荷物は、既に引取り自宅の座敷又は蔵に置いてあつたが三、の動産と共に別居後原告と太郎とが無断売却し、結局見るべき動産はないのであり、C記載の生命保険掛金及び預金も存在しない。また同目録D一、記載の松原産業合資会社が(イ)の(1) (2) (3) の土地三筆(ロ)の(1) (2) の建物二棟及び(ハ)の機械器具設備を所有していたことは認めるが、右土地三筆は既に松原産業株式会社、佐藤九郎、木村コウに売却され、(ロ)の(1) (2) (4) の工場、倉庫、居宅各一棟は松原産業合資会社、佐藤九郎、木村コウの三名が各自建築して所有するものである。そして松原産業合資会社に対する被告の出資は金十万円のみであり、いわゆる被告の個人会社でもない。同目録D二、記載の有限会社千葉第一造船所に被告が曾て関係したことはあるが現在何等の関係もなく既に右会社の事業は閉鎖している。同目録D三、記載の摂津窯業株式会社に被告が金七万円を出資していることは認めるが、現在右株券は無価値に等しい。同目録D四、記載の福島新生株式会社が清算中であり被告が清算人であることは認めるが、右会社財産は被告の所有ではない。同目録D五、記載の双葉印刷工業所は現存しない。以上の通りであつて、被告所有の財産は大半が不動産であるからこれを直ちに現金化するときは被告の生活に破壊的影響を及ぼす結果になるものが多く、しかも被告は、(1) 昭和二十四年七月二十一日土井紀郎より金二十五万円、(2) 昭和二十五年五月三十一日村田十郎より金十万円をいずれも年一割の利息で借受け、(3) 引揚者福島新生事業組合の国民金融公庫大阪支所に対する債務についての被告の連帯保証債務残額金六十一万五千円、(4) 松原産業合資会社からの借受金十四万千七百十三円、(5) 同会社の社長たる被告に対し認定賞与につき福島税務署より賦課された所得税の本税金十一万四千四百八十二円、加算税金三万六千五百五十円を源泉徴収されて生じた右会社に対する債務等、弁済期到来の債務合計金百二十五万七千七百四十五円があるから、これを被告の資産から差引いて計算すべきである。」
四、証拠<省略>
裁判所は、職権で原、被告本人尋問(各第二回)をした。
三、理 由
一、離婚原因の有無についての判断
原被告が大正十二、三年頃より妾関係を継続し昭和二年七月二十五日両名の間に長男太郎をもうけ昭和二十年二月九日正式に婚姻し現に夫婦であること、被告が原告の外に南浦仙子とも妾関係にあり昭和十一年十一月二十五日同人との間に花子をもうけたことは、いずれも当事者間に争がない。原告は被告がその他に土佐はる、同タキ、青山アキエ、小林明子等とも関係がある旨主張し、証人森一夫の証言により成立を認める甲第二号証、同証人及び証人泉太郎の各証言並に原告本人の第一、二回尋問の結果によれば被告は右小林明子と後に認定するような関係にある外原告との婚姻の後においても右小林、南浦及び原告以外の女性とも情交関係があるのではないかを疑わせるような行状が被告にあつた事実はこれを認めるに足るのであるが、右各証拠も証人土佐はる、鈴木松子、青山アキエ、田口次郎、川島吉子の各証言に対比して考えれば、被告が原告主張の右土佐両名及び青山等と関係があつた事実を認める資料とするには足らないのであり、他に右事実を認めるに足る証拠もない。しかし成立に争のない甲第一号証、被告本人の尋問の結果(第一回)により成立を認める乙第一号証に証人田口次郎、西川フヂ、小林甚也、鈴木正直の各証言、原告本人尋問(第一回)被告本人尋問(第一、二回)の各結果及び証人泉太郎の証言の部を総合すれば、被告は先妻ミドリ生存中原告及び南浦仙子の外に小林明子をも妾としていたが、ミドリ死亡後被告にとつて唯一人の男の子であり当時大学に在学中であつた太郎が学徒出陣する場合には泉家の長男として出征させてやりたいとの親心もあつて昭和二十年二月九日原告と婚姻し、翌二十一年九月頃より現住所自宅において原告と同居して夫婦生活に入つたが、それまで原告等が居住していた布施市所在家屋の売却代金は諸費用を差引いた残金十七万円を原告に渡し当初夫婦仲は普通であつた。しかし被告は、原告と婚姻後もなお南浦仙子とは現在に至る迄、小林明子とは昭和二十四年一月頃迄の間いずれも妾関係を継続し、昭和二十二年六月頃には南浦仙子を自宅に連れ込んだり、同年末頃膀胱炎で阪大病院に入院した際には南浦仙子や小林明子に看病させて原告の附添を嫌つたり等したこともあり、また前認定のような他の女性との情交関係をも疑わせるような行状もあつて、原告は嫉妬と共に猜疑も加わり被告と屡々喧嘩するようになり、時には被告が物を投げて原告の眉間に傷をつけたこともあつた。長男太郎においても被告の不行状に対して義憤を感じ被告に対し日本刀を振り廻したりガラスを破つたりして乱暴することも再三に及び、被告の不行状が原因となつて家庭内の風波は次第に高まる一方であつたが、遂に昭和二十四年十二月三十一日夕刻被告がウヰスキーに多少酔つて帰宅し太郎に対して置時計を壊したといつたことから、またも原告及び太郎の忿満は表面化して喧嘩になり、太郎は被告に丼鉢を投げつけて組つきそのために被告は転倒して全治約十六日間の左耳殼切創を蒙つたが、更に太郎は日本刀の置いてある二階へ上つて行つたのでその場の雰囲気としては、従来太郎がこのような場合日本刀を振り廻したことがあつたから、日本刀を取りに上つたもののように思われたのであつたが、その隙に被告は傷の手当を受けるために戸外に逃れ出ようとしたところ、原告は、階上の太郎に向つて「おやじが逃げよるぞ」と呼びかけてなおも太郎にけしかける有様であつた。この事件以来被告は、身の危険を感じて帰宅できないまま別居生活をするに至つたが、原告等においても屋内より施錠して被告の入居を拒み、また被告の傷を見舞に医師の許へ行くこともしなかつた。しかし被告は別居後も自宅の水道ガス電気代を支払う外別に原告等の生活費として毎月金九千円宛支給していたが、原告等は自宅にある相当多数の動産類を無断で処分し、太郎名義の土地約百七十坪を金十四、五万円で売却して生活費及び太郎の療養費に充てるに至り、被告またこれを知つた昭和二十五年四月以降は前記生活費の支給を停止し今日に至つたものであることを認めることができる。被告は、原告との婚姻の動機として太郎を泉家の長男として出征させてやりたいために被告との婚姻届出をしたにすぎない旨主張するが、前認定の通りそのような気持も一因となつて婚姻した事情を窺い得るけれども、婚姻の意思がなかつたわけでないこと明白であり、また被告主張の原告が半強制的に押しかけてきたのでやむなく同居するに至つたという事情はこれを認めるに足る証拠がない。被告は、原告が妾関係当時同じく妾関係にあつた南浦仙子と親交し戦時中食糧の世話を受けていたので被告と南浦仙子との妾関係の存在を知つておりこれを承知の上で婚姻した旨主張するが、原告と南浦仙子とが被告主張のような親交関係にあつたと認めうる証拠はないが、前記認定の諸事情からすれば少くとも妾の立場にあつた原告として被告と南浦仙子との右関係を婚姻前より知つており、これを承知の上で婚姻したことは窺い知れるところである。
以上認定の事情からみれば、被告が原告を悪意を以て遺棄したとはいえないので、この理由に基いて原告が被告に離婚を求めることはできない。ところで、被告の亡妻ミドリの生存当時、原告と南浦仙子と小林明子とはともに被告の妾であつたのが、そのうちの原告が、右ミドリの死亡後被告の妻となつたもので、南浦仙子との妾関係は承知の上で婚姻したものであることは右に認定の通りである。そうすると、原告が妻の座になつたとたんに、南浦仙子等との妾関係を被告の不貞行為として非難することは、なにか急に開きなおつたようで割切れない感じを与えるかも知れない。しかし妻以外の女との性的交渉が妻に対する不貞の行為であることは明らかだし、一旦婚姻によつて妻となつた以上、そのいきさつ如何にかかわらず妻は妻であつて、夫の不貞を許容しなければならない妻というようなものをみとめることは厳密に一夫一婦の性秩序を貫徹しようとする法の立場と相いれない。原告が被告と前記南浦仙子等との妾関係を妻として我慢できないとして、被告との離婚をもとめる以上、右の妾関係が原告に対する不貞の行為であることは明らかであるから原告の離婚の請求は理由があるとしなければならない。
他方、被告が反訴で主張する離婚原因について考えると、以上認定の諸事情からみれば、原被告が不和になり遂に別居生活するに至つた本来の原因は主として被告の不貞な行為から発したことは疑のないところであり、また原告等において種々手段を講じて被告に対し抗争することもその原因が右原告の不貞行為にあつた以上また或程度迄やむをえないところである。なるほど、原告の被告に対する態度には、いささかしつこすぎるところがあつたという感じを免れないかも知れないし、ここまで両者の対立が深まつた以上正常な夫婦生活を続けてゆくのは困難だとも考えられるが、それも被告さえその気になつて妾関係を清算し、妻以外の女との交渉をつつしめば、原告の態度もおのずからあらたまる性質のものであると考えられ、被告がその努力をすることは、義務として法律の期待するところである。そうすると夫婦生活に破綻を来した結局の原因が被告の行為にあり、その破綻をもとにかえす力と義務のある被告として、その破綻を理由に離婚を請求することはできないといわねばならない。従つて被告から原告に対し離婚をもとめる反訴請求は理由がない。
二、原告の財産分与請求に対する判断
原告は婚姻するまでは妾であつて被告にとり単なる消費生活をしたのみであつたこと、また婚姻期間は未だ短期間でありその間に原告は何等財産増加に寄与したことがなくむしろ被告と太郎との仲まで破綻させて家庭を混乱させ被告の事業経営に妨害を与え、そのうえ被告所有の動産類を無断売却して被告に損害を与えたことからみて、民法が財産分与の規定を設けた趣旨に照し原告に財産を分与しなければならない理由がない。また財産分与の必要があるとしても被告が現在所有する財産は先妻ミドリとの協力によつて得た財産であるから分与すべき財産の対象とすべきではない。被告はそう主張する。思うに離婚による財産分与の制度は婚姻中に夫婦の一方が取得する財産はもとより、婚姻生活を通じてその維持し得た財産も、夫婦の共同生活における協力関係からいつて、実質的には夫婦の共有に属するものとみて、離婚の場合これを精算するというのが中心的な根拠をなすものであるが、他方また離婚後の配偶者の扶養の意味もこれを無視することはできないのであつて、その額及び方法を定めるに当つては当事者双方がその協力によつて得た財産の額その他一切の事情を考慮して決すべきものである。従つて被告が主張する夫婦が多年相互によき半身として苦楽を共にし蓄財に寄与したかどうかは分与の額及び方法を定める一つの大きな基準ではあるが必ずしもこれだけでことが決せらるべきものではない。そして被告主張の原告が被告と太郎との仲を破綻させ家庭を混乱させて被告の事業に妨害を与えたとする点は、本件全証拠によつてもこれを認定することができず、その他原被告間における婚姻生活の事情については前段認定の通りである。そうして別紙財産目録B記載のような価格ある動産を被告が所有することについてはこれを認め得る証拠がなく、(殊に一部動産を原告が既に処分したことは前認定の通りである)同C記載の預金の点については証人森一夫の証言により真正に成立したものと認める甲第二号証及同証人の証言も直ちに真実に合するものとは受取れず他の全証拠によつても右預金の存在を認めることができず、また同記載の生命保険掛金についてもこれを認めるに足る証拠はない。そして一方成立に争のない乙第二、三号証、乙第五号証の二、三によれば被告には被告主張の土井紀郎、国民金融公庫、松原産業合資会社に対する債務の存することもこれを認めることができるのであるが、同目録A一、二記載の土地建物は、そのうち一の(ヲ)(ワ)の土地二筆が本訴繋属中である昭和二十六年六月大阪市に売却された以外はすべて被告の所有であることは当事者間に争いのないところ(右売却土地二筆が売却前被告の所有であつたことまた同様)であり、鑑定人林良一の鑑定(第一回)の結果により右売却分を除く残余の被告所有の土地建物の価格は昭和二十六年六月当時において合計約四百三十七万四千二百八十五円であり、売却分の土地二筆の価格は売却前において合計約二十八万八千四百円であつたことが認められる。(もつとも、右被告所有の建物のうち二、の(3) (4) の二棟が松原産業合資会社に賃貸中であることは当事者間に争ないところであるが後に認定の通り右会社は被告の個人会社と迄はいえないのであるから、賃貸中である点を考慮に入れるべきであることは当然である)。次に同目録A三、(イ)(ロ)記載の土地建物も被告の所有であることは被告本人の供述及び本件口頭弁論の全趣旨により明かである。松原産業合資会社は同目録D一、(ロ)の(1) (2) の建物(ハ)記載の機械器具及び設備を所有すること、また現在松原産業株式会社他二名に売却されたが、同目録D一、(イ)記載の土地も、もと松原産業合資会社の所有であつたことは、いずれも当事者間に争がなく、鑑定人林良一の鑑定(第二回)の結果によれば昭和二十六年八月当時の右建物の価格は合計約百八万円、右土地の価格は合計約二百三十六万四千九百九十五円であつたことが認められ、(同目録D一、(ロ)の建物中(4) は松原産業合資会社の所有ではないこと結局原告の認めるところであり、(3) が右会社の所有であることはこれを認めるに足る証拠はない)右認定事実に成立に争のない甲第四、五号証、甲第七、八号証、甲第九号証甲第九号証の一、二乙第八乃至第十号証と証人泉太郎、田口次郎の各証言、原被告本人尋問(各第一回)の各結果とを総合すれば、右松原産業合資会社は王冠コルク製造を目的とする資本金百八十万円の合資会社であるが、その営業状況は相当堅実であること、右会社がいわゆる被告の個人会社と迄はいえないが、被告はそれに近い有力な地位を有する経営者であり、また過去或いは現在において右会社以外の会社その他にも出資者又は経営者として参加し相当盛大に活躍している可成りの実業家であること従つてまた相当の収入能力を有することが認められる。
一方原告は、前段認定の通り過去約三十年間被告の資力を頼りとして生活してきたものであり、現在無職で見るべき資産も有せず、既に再婚も容易でない年令に達しているので離婚後収入を得る見込も薄い事情にもあることが認められるのであるから、前述の財産分与の性質に鑑み、以上認定した諸般の事情を考慮すると被告は原告に対し離婚による財産分与として金七十万円を支払うのが相当である。
三、被告の反訴として主張する慰藉料の請求に対する判断
原被告の離婚原因が結局被告の責任であること以上認定の通りであるから、これに伴う被告の精神的損害について原告に賠償をもとめる被告の反訴請求は認容することができない。
四、結論
よつて原告の離婚請求はこれを認容し、原告の財産分与の請求は金七十万円の限度においてこれを認め、原告その余の請求および被告の反訴請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十五条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 荻原寿雄)